2017年12月11日月曜日

隠された大友家の姫ジュスタ―「桑姫」再考・その⑦―

 述べたように、清田鎮忠とその妻・大友宗麟の長女ジュスタは1587年(天正15)、島津氏との戦いで「敵方に与した」廉をもって国主大友義統から給料地を没収されて追われ、肥後国を経て長崎に避難移住した。病身であった夫鎮忠は同年「11月23日病没」した。
 寡婦となったジュスタはその後、「寛永4年(1627)8月7日」、淵村庄屋志賀氏に看取られ病死するまでの約40年間、同じく豊後国を追われて長崎に避難した大友家の姫たち、そしてキリシタン家臣らと交わりながら、前半は内町の豊後町で、後半は対岸の浦上淵村のどこかに隠れながらキリシタン信仰に生きた。
 ―これらは、「清田惣領家伝来系図―柳川関係史料」、「志賀家事歴」、そしてイエズス会年報などで、いずれも確認することが出来る。

■ジュスタの墓碑「桑姫君墓」
 ジュスタが晩年、浦上淵村の庄屋に任ぜられた大友家家臣・志賀氏を頼り、そこで最期を迎えたとき、志賀氏はジュスタを竹の久保尾崎の「庄屋屋敷の内に葬り奉り、一塚を築いた」。そして「桑の一木を植え、桑姫御前の号を贈り奉った」(「志賀家事歴」)。この「塚」こそが『長崎名勝図絵』(饒田喩義編著)に出ている「桑姫君墓」―自然石に「大友家桑姫御前塚」の文字が彫り込まれたそれであった。
 こんにち、木造の立派な社殿が築かれ、「桑姫社」という名のキリシタンを祀る神社として周知されるものになっているが、当初は「神社」と称されるものではない、自然石の「塚」の墓碑であった。
 その形態が、江戸時代から明治、大正期を経て昭和になって神社のかたちになっていくのも興味深いが、それとともに「大友宗麟の女(むすめ)ジュスタ」が「大友義統公二女」に書き換えられ、より深く封じ込められてしまったのは、歴史の悪戯(いたずら)としか言いようがない。

■隠された大友宗麟の姫ジュスタ
 一般には、「桑姫君」あるいは「御西御前」と呼ばれたその人が、実は「大友宗麟の女ジュスタ」であることは、志賀氏をはじめとする大友家の遺臣らの間では―内密のこととして―知られていることであったに違いない。文政年間の1820年頃、饒田喩義がこれを取材して『長崎名勝図絵』の原稿に、「桑姫はもと豊州の太守大友宗麟の女(むすめ)なり。阿西(おにし)御前と称す」と書いていることからも明らかである。この史実は、饒田喩義が時の庄屋・第8代親籌から聞き取った情報であった。
 まだキリシタン禁制が解けていなかった時代である。隣の浦上山里村では、寛政2年(1790)、天保13年(1842)、安政3年(1856)とキリシタン存在の告発事件が相次ぎ、ついには一村全住民が追放される慶應3年(1867)の四番崩れ(弾圧)事件に発展した。
 「桑姫が大友宗麟の女」であることが公に知られてはならないこの時代に、饒田喩義を介して生じた一つの小さな出来事は、あるいは淵村崩れの一大事に発展する火種ともなりかねない。急遽、庄屋志賀氏と薬師寺種茂、同種文、吉岡親平、蘆茢純房ら長崎在住の旧大友遺臣らが集って秘かに話し合いがなされ、「桑姫=大友宗麟の女」を否定して、新たに「桑姫=大友義統二女」とする史実の改竄(かいざん)がおこなわれた。それが如何に深刻であったかは、文政12年(1829)、庄屋志賀氏と旧大友遺臣らによって氏寺・宝珠山能満院萬福寺の境内に建立された巨大な『天女廟碑』を見るとわかる。
 それから8年後の天保8年(1837)、淵村竹の久保尾崎の庄屋屋敷にあった自然石の「桑姫君墓」にも石の祠(ほこら)が新調され、丁重に包み隠された。それは追って明治32年(1899)、庄屋屋敷が「兵営」地になったため、法入に移設されたが、その際、石祠に志賀家が「大友義統公世臣」であり、桑姫が「大友義統公二女」であると、重ねて〈偽史が〉彫り込まれた。
 片岡弥吉は「昭和11年(1936)春、更に淵神社(旧萬福寺)境内に移転した」と伝えている(1937年刊『長崎談叢第19輯』・12頁)。これが、こんにち同神社境内に見ることのできる「桑姫社」である。
 祀られている「桑姫ジュスタ、御西御前」は社殿の中にではなく、社殿の下部に拵えられた檻(おり)のような構造の床下部屋に収納されている。その格好はまるで、キリシタンが禁教時代に捕らえられ、収容された牢(ろう)のようでもある。大友宗麟の姫ジュスタは、何故に閉じ込められなければならないのだろうか。
 400年、複雑な歴史の中で史実が枉げられ、墓石までもが封じ込められてしまったが、そろそろ「檻」の中から出して、解放してあげなければならない。この稿が、その一助となることを願っている。(おわり)
『長崎名勝図絵』に掲載された文政年間までの「桑姫御前塚」(左)と、檻のような床下部屋に閉じ込められた現在の桑姫社の同塚(右)


 

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