■ゆるしの秘蹟―その③さしちはさん(所作による償い)
ゆるしの秘蹟は、犯した罪を悔い改め、それらを司祭に告白したあと、最後に「所作をもって科送りをすること」すなわち行為による償い(さしちはさん)が求められる。これについて司祭・天草四郎が原城に籠もったキリシタンたちに指示したことは、「おらしよ(祈り)、ぜじゅん(断食)、じしぴりいな(鞭打ち)」等の善行に加えて「城の普請」、そして「えれじよ(敵)を防ぐ手立て」としての「成程(なるほど=できるかぎりの)武具の嗜(たしなみ=練習・手入れ)に念を入れる事」であった(註1)
これらのうち「おらしよ(祈り)・ぜじゅん(断食)・じしぴりいな(鞭打ち)」は、長崎の外海(そとめ)系キリシタンたちが毎年「悲しみ節(四旬節、Quaresma)」におこなうものであることから、原城のキリシタンたちは1638年(寛永15)の四旬節にあわせて「ゆるしの秘蹟」を進行していたことが判明するであろう。
この悲しみ節(四旬節)の期間は40日―日曜日を含めると46日―あり、その間、肉食を絶ち、食事を省き、また「コンチリサン」の祈りを一定回数唱え、一週間ごと組親(帳方)の家に集まって初穂(供物)を上げ、「御礼のおらしよ」(アベ・マリア)をささげる」という一連の「御後悔(ごこうかい)」をするのが長崎のかくれキリシタンたちの習わしであった(註2)。天草四郎の達書『四郎法度書』の第三項目に、「昼夜おこたりなく前々よりの御後悔(ごこうかい)尤、日々の御礼のおらしよの御祈念専らに存ずべく候」(昼夜怠けることなく以前からの後悔の祈り・コンチリサンと、アベ・マリアの祈りを捧げるべし)とあるのは、これを裏付けるものである(註3)。
■原城で四旬節を過ごしたキリシタンたち
そうであるなら、ここで新たな事実が浮かび上がってくる。すなわち、彼らは寛永15年(1638)のキリシタン暦のうち「悲しみ節(四旬節)」に沿ってその務めをなし、最期に「復活祭(イースター)」の一日を迎える、という明確な目標に向かって行動していたことである。これもまた『四郎法度書』第5項目に「今程(いまほど)くわれすま(四旬節)の内」とあるので、彼らは実際、キリシタン暦の四旬節とゆるしの秘蹟の「さしちはさん」を重ね、その償いの日々を過ごしていことであった。
これら島原の乱事件の動きを、キリシタンの作法である「ゆるしの秘蹟」およびキリシタン暦の「四旬節」とを重ねて表にしてみると、以下のようになる。
1638年(寛永15)の四旬節は2月24日(寛永15年1月11日)に始まり、途中、中日の「お告げの祝日」を経て4月4日(和暦2月20日)の「枝の主日(「棕櫚の日曜日」とも言う)」に至る。そしてこの後、最後の週の「聖週間」に入る。枝の主日にはミサを執り行い、一同「デイウス」の大音声を上げて祈ったらしい。細川熊本藩の史料『寛永平塞録』の記事に「昨日(和暦2月21日)より城内一同に大音にデイウスと宗門の唱えをなすこと雷のごとし」とある(註4)。この頃、食糧はすでに尽き果て餓死者が続出していたが、同日、「夜討(やうち)」を決行した。それは「子供・老人」の食料を確保して食わせるためであり、「友のために命を捨てる」死力を尽くした隣人愛であった、と言うことができるであろう(註5)。
【註2】…片岡弥吉著『かくれキリシタン』(1997NHKブックス56)181頁。
【註3】…「御礼のおらしよ」について、筆者は当初「さるべ・れじいな」を設定していた。祈りの文言に「御身に御礼をなし奉る」と二回あるからである(本ブログ2016年1月3日付、「四郎法度書」に見る「転び」の償い―島原の乱を解く⑥)。ところが片岡弥吉氏は前掲書で、それは「ガラサ(あべ・まりあ)」であるとしている(同書183頁、134頁)。これを裏付けるものとして五島・外海のかくれキリシタンのオラショに題目「御礼のおらしよ」で「がらさ(あべ・まりあ)」がある。「あべ・まりあ」の祈りは「がらさみちみちたまふまりあに御礼をなし奉る…」ではじまる(『どちりいな・きりしたん』)。以上により、「御礼のおらしよ」は「あべ・まりあ」であることが判明する。
【註4】…『嶋原記』にも同様の記事がある。「二月廿一日夜討之事…左候て一両日前より城内に数千のもの共でいうすでいうすと同音に高く宗門のとなへ夜々申候」。
【註5】…『寛永平塞録』によると夜討の記事が二回登場する。(二月)廿一日の軍議およびその実施、同二十六日の評議である。このうち二回目夜討評議のくだりに、「寄せ手の食物奪い取り、城内の老人子供へ今壱度食わせ、その上にて何れも相果つべく候。然れば明廿七日丑の中刻を一生の最期に致すべし、と申渡しける…」とある。夜討は、幕府軍の兵糧攻めに対し同朋の弱者「子供老人」を守るための措置―「友のために(戦い)死ぬ隣人愛」の行動であったと考えられる。
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